文化財

鷲宮神社 文化財
太刀 国指定重要文化財
太刀 国指定重要文化財(1)
所在地:鷲宮1-6-1 鷲宮神社
指定日:大正3年4月17日
 この太刀は、刃長101.5cmで、下野国小山城主で同国の守護職であった小山義政(?~1382)が鷲宮神社に奉納したものである。
刃長表に「武州太田庄鷲山大明神」、裏に「永和2年卯月十九日 義政」と寄進銘が彫られている。また茎には「備中国住人吉次」の銘がある。
身幅広く、大振りで、切先が延びた姿には、南北朝時代の特徴が良くあらわれている。
吉次は、備中国青江(岡山県倉敷市)に平安時代から室町時代に渡って栄えた青江派の刀工の一人である。その名は、鎌倉時代から継承されているが、作風から寄進銘(1376)と同時期の作家と考えられている。
太刀は、地刃の出来もよく、当時の姿を良く伝えており、遺作の少ない吉次の研究には書くことが出来ない好資料である。また、寄進銘もあることから歴史資料としてもその価値は高い。

鷲宮催馬楽神楽 国指定重要無形民族文化財
鷲宮催馬楽神楽 国指定重要無形民族文化財(2)
所在地:鷲宮
指定日:昭和51年5月4日
 鷲宮神社は関東最古の神社といわれ、そこに伝えられている神楽もまた古く、関東神楽の源流といわれている。正しくは、「土師一流催馬楽神楽」と称し、一般には「催馬楽神楽」と呼んでいる。これは神楽の各曲目に平安時代のころ歌われた歌謡の一つである催馬楽を取り込んでいるためである。流派名の「土師一流」は、社名が鷲宮が土師宮の転訛であり、武蔵国造の土師の連によるとする説に準じたものである。
この神楽の始まりは明らかではないが、古くは鎌倉時代の「吾妻鏡」という本に紹介されている。江戸時代の享保年間(1716~1753)以前には、三六座の曲目があったが、当時の宮司藤原国久が現在の十二座に再編成したと伝えられている。
曲目の大半は、古事記や日本書紀の神話を題材とした一種の舞踊劇である。舞いの型には、四方固めとか三度(三歩ずつ歩く)などといった宗教味の濃い動作が含まれており、古い祭りの儀式や作法をしのばせる格式を持っている。
この神楽は、もともと一社相伝の社伝神楽で「神楽太夫」と呼ぶ世襲の社人によって伝承されていたが現在では、氏子等によって保存会が組織されている。
毎年、元旦・2月14日・4月10日・7月31日・10月10日・12月初酉の日に神社本殿の正面の神楽殿で奉納されている。なお、4月15日には、当町八甫の鷲宮神社にも出張する。

銅製双鶴蓬莢文鏡 県指定有形文化財
銅製双鶴蓬莢文鏡 県指定有形文化財(3)
所在地:鷲宮1-6-1 鷲宮神社
指定日:昭和31年11月1日
 鷲宮神社に伝わる直径19.4cmの銅製円形の和鏡である。制作された年代や作者・奉納者は不明だが、描かれた文様の特色などからみて鎌倉時代末頃どいわれている。
背面の図は、中国の伝説に基づいた蓬莢山(仙人が住む霊山)の文様を表現している。中央に紐をとおす亀甲文の紐、その左側に磯辺に立つニ羽の鶴、右側に端巌(めでたい岩)と松葉、下方に鶴を見上げながら波間を泳ぐ亀が描かれている。また、外区には竹・雲・松葉・波が配されている。
鏡の上方には、穴が二ケ所あけられている。神社の言い伝えによると、みこしにつるすための穴といわれている。また、上部がひどく歪曲しているが、火災にでもあったためだろうか。
いずれにしろ、全体的にやわらかい線で表現されているこの鏡は、平安時代以降の和鏡の伝統を伝える優れたものである。

銅製蓬莢文鏡 県指定有形文化財
銅製蓬莢文鏡 県指定有形文化財(4)
所在地:鷲宮1-6-1 鷲宮神社
指定日:昭和39年3月27日
 鷲宮神社に伝わる直径22.0cmの銅製円形の和鏡である。双鶴蓬莢文鏡同様、製作時期等は不明であるが、文様の特色から室町時代の作といわれている。
この鏡も中国の伝説に基づいた蓬莢山の文様をあらわしている。中央に紐をとおす亀甲文の紐、その左側にニ羽の鶴が頭を下げ、向き合っている。また、その足元には、二匹の亀がたわむれている。右側には、松の木があり、その枝は上方にまでのびている。下方には、一匹の亀が海中を泳いでいる。また、外区には松葉・端雲(めでたい雲)などが付け加えられている。
蓬莢文鏡は、鎌倉時代以降盛んにつくられたようである。この鏡は、すでに形式化した図であるが、室町時代を代表する優れた鏡の一つにあげられている。

銅製桐文方鏡 付沈金彫桐文筥 県指定有形文化財
銅製桐文方鏡 付沈金彫桐文筥 県指定有形文化財(5)
所在地:鷲宮1-6-1 鷲宮神社
指定日:昭和39年3月27日
 この鏡は、類例の少ない長方形(縦23.0cm、横18.0cm)の銅鏡で、桃山時代の作と言われている。背面全体に桐の文様を配し、中央に亀甲文の紐を付け、その上部にくちばしをあわせた鶴を対象的に描いている。
なお、この方鏡が納められている筥は、沈金彫といわれる技法で桐文が施されている珍しいもので、鏡とあわせて指定されている。これも鏡と同じ時期に作られたものと考えられている。
いずれにしても、鏡と筥がともに保存されている貴重な文化財である。

銅製御正体 県指定有形文化財
銅製御正体 県指定有形文化財(6)
所在地:鷲宮1-6-1 鷲宮神社
指定日:昭和39年3月27日
 御正体は、鏡の正面に仏像などをあらわし、社寺に奉納、礼拝したもので、懸仏とも呼ばれている。鷲宮神社にも、銘をもつ二面の御正体が残されている。いずれも、鏡面は鋳放したままで磨かれていない。当初から鏡として使用せず、御正体として作られたものであろう。文庵2年(1445)のものは、直径23.7cm。「施主河口郷藤内五郎敬白 武州太田庄鷲大明神 文安2年乙丑五月四日」の銘をもつ。
長禄2年(1458)のものは、直径22.8cm。「祈願武州太田庄鷲山所願成就故也 長禄2年戊寅八月吉日 菅垂水郷国吉敬白」の銘をもつ。
河口郷は加須市川口、菅垂水郷は同市樋遣川だといわれている。二面とも歴史的資料として貴重なものである。

鷲宮神社文書 付棟札一枚 文書三点 県指定有形文化財
鷲宮神社文書 付棟札一枚 文書三点 県指定有形文化財(7)
所在地:鷲宮1-6-1 鷲宮神社
指定日:昭和39年3月27日(昭和56年3月27日追加指定)
 鷲宮神社は、鎌倉時代から幕府をはじめ、関東の多くの武士から厚く崇敬されていたので、多くの古文書が保存されており、室町時代から戦国時代にかけての文書計26通と棟札1枚が県指定となっている。
文書の多くは、古河公方の勢力範囲にあったことから足利成氏をはじめ古河公方関係の文書で、次いで、古河公方を滅ぼした小田原北条氏関係の文書と、その支配を受けた岩槻太田氏関係の文書から成っている。
写真は足利成氏が鷲宮神社に納めた願文である。敵対する室町幕府及び上杉軍を撃滅せんとする戦勝祈願で、これが達せられれば、社殿修造のため、足利郡と埼西郡の段銭を寄進するとしている。また当時、元号は康正2年(1456)となっているが、願文はいまだに享徳5年を使用していることから、幕府に強く反発していたことがうかがえる。

寛保治水碑 県指定史跡
寛保治水碑 県指定史跡(8)
所在地:鷲宮1-6-1 鷲宮神社
指定日:昭和3年3月31日
 鷲宮神社の拝殿前にある灯籠型の記念碑。高さ2.6mの石灯籠に「刀禰上流以南修治告成り碑」と記し、長文の文字が刻まれている。
寛保2年(1742)8月、利根川が氾濫し、江戸市内にも達し、幕府は諸大名に堤防等の修築を命じた、その中で、羽生、騎西領を含めた上利根川南側の地域を担当した毛利家の工事は、特に困難を極め、人足100万人以上を要した。その完工記念にたてられた碑で、当時の難工事の様子が詳しく記されている。 なお、文章は江戸時代中頃の代表的儒学者である服部南郭の撰文である。



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